「アヴィニョンの娘たち」は何がすごいのか【逆進と革新は共存可能】

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Pablo Picasso. Les Demoiselles d'Avignon. Paris, June-July 1907 © 2024 Estate of Pablo Picasso / Artists Rights Society (ARS), New York

20世紀の近代芸術を代表する画家であるパブロ・ピカソの最も有名な作品の一つである「アヴィニョンの娘たち」。この作品は一体何がすごいのか。五人の裸の女性を描いたこの作品に隠された秘密に迫る。

ピカソの代表作「アヴィニョンの娘たち」

アヴィニョンの娘たち」は、20世紀の近代芸術を代表する画家パブロ・ピカソが1907年に制作した絵画作品である。

この作品では、五人の全裸の女性がそれぞれ異なったポーズをとっている場面が描かれている。この作品の最も大きな特徴としては、彼女たちが近代芸術において規範とされてきた遠近法を無視して描かれている点である。

不自然に角ばった体や、どちらを向いているのか分からないほど歪んだ顔。これまでの絵画で一般的であった写実主義を真っ向から否定したこの作品は、発表当初は人々に理解されることに苦しんだという。

しかしながら、徐々にこの作品の革新性は評価され始め、今では近代芸術において最も影響力を持つ絵画作品の一つとして考えられている。

それまで培われてきた常識を打ち壊し、新たな絵画表現への扉を開いたピカソの「アヴィニョンの娘たち」。一体、この作品は何がすごいのか。以下で、ピカソの転機となったこの作品について詳しく解説していく。

キュビズムの始まり

ピカソと聞いて、まず最初に何を思い浮かべるだろうか。きっと、それはキュビズムだろう。

キュビズムは、20世紀初頭にパブロ・ピカソと同じく画家であるジョルジュ・ブラックの二人によって開始された芸術運動である。

キュビズムにおいて最も重要な試みは、「複数の視点から物事を捉える」というものである。「アヴィニョンの娘たち」を見ても分かる通り、右下の女性の顔は様々な角度から観察されたものが一つに集約されている。そのため、この女性がどの方向を向いているのかがわからなくなっている。

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Pablo Picasso, « Portrait de Dora Maar », 1937, Huile sur toile, 92 x 65 cm, MP158, Musée national Picasso-Paris Copyright
©RMN-Grand Palais (Musée national Picasso-Paris) / Mathieu Rabeau, © Succession Picasso 2020

また、ピカソが1937年に制作した「ドラ・マールの肖像」においても、彼女の左目の向きが反対になっていたり、鼻の位置がずれていたりと、彼女の顔が様々な角度から描かれていることがわかる。

このように、様々な角度から観察することで対象を分解し、それらを再構築することによって新たな視覚的表現を実現させたキュビズムは、以後の芸術に大きな影響を与えることになった。

そして、そんなキュビズムの始まりとなった作品が「アヴィニョンの娘たち」なのである。

ピカソは「アヴィニョンの娘たち」において初めて対象の分解をし、そこから彼はブラックとともに複数の視点から捉えられた対象を描くようになったのだ。

プリミティヴィズムの逆進性とピカソの革新性

「アヴィニョンの娘たち」について語る上で欠かせないキーワードが、プリミティヴィズムである。

プリミティヴィズムとは、アフリカやオセアニアなどの「原始的」と考えられていた非西洋文化から影響を受けた芸術運動で、主に19世紀後半から20世紀初頭にかけて隆盛を誇った。

プリミティヴィズムの意図としては、科学技術の発展により自然の面影が感じられなくなった西洋文化から離れ、より純粋かつ人間本来の姿を見ることができる非西洋文化に芸術性を見出すことが挙げられる。

「アヴィニョンの娘たち」においても、プリミティヴィズムへの傾倒が見られる。五人の女性が全裸でいることからは、未発展である原始の姿を取り戻そうとする意志が感じられ、さらに女性たちの顔からはアフリカ部族の仮面が連想される。

African Mask from Mali
African Mask from Mali © 2024 ゲッティイメージズ。

ここで注目するのは、プリミティヴィズムと「アヴィニョンの娘たち」の“進行方向”の違いである。プリミティヴィズムは、原始に立ち返ろうとするものであり、時代に“逆進的”であるといえる。

一方で、「アヴィニョンの娘たち」はキュビズムという新たな視覚的表現の先駆けとなったことから、時代に“革新的”であるといえる。

そして、革新的である「アヴィニョンの娘たち」からは逆進的なプリミティヴィズムの影響が読み取れる。すなわち、この作品は“革新的でありながら逆進的”でもあるのである。

この一見矛盾した二つの性質が共存している理由として、逆進的であるのが“裸の女性”という「表現対象」であるのに対して、革新的であるのが“対象の分解”という「表現方法」であるというように、それぞれの性質が指し示すものが異なることが挙げられる。

しかしながら、いずれにしてもこの対立する二つの性質を併せ持つ「アヴィニョンの娘たち」は、その点においても“革新的”であるといえるだろう。

裸の女性が意味する二つのこと

さて、「アヴィニョンの娘たち」に描かれた裸の女性たちは、文明が発展した西洋社会から離れ、人間本来の世界である原始に立ち返ろうというプリミティヴィズムを象徴するものであった。

だが、この裸の女性たちにはもう一つ重要なメッセージが隠れている。それは、近代西洋社会にはびこる売春文化に対する批判である。

そもそも「アヴィニョンの娘たち」は、当時スペイン・バルセロナにあったアヴィニョン通りの売春宿にいた五人の売春婦を描いた作品である。

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Pablo Picasso. Les Demoiselles d’Avignon. Paris, June-July 1907
© 2024 Estate of Pablo Picasso / Artists Rights Society (ARS), New York

売春はお金を稼ぐための仕事である一方で、性感染症や身体的・精神的ダメージのリスクがあるといった懸念点があり、また多くの国・地域で売春は違法とされている。

ピカソは裸の女性たちを描くことによって、本来は人間のありのままの姿である「裸」が、近代では非倫理的な売春を象徴するものとなってしまっていることを批判しているのだ。

「アヴィニョンの娘たち」に描かれた五人の女性には、プリミティヴィズムへの傾倒を示しながらも、同時に近代社会の売春文化を批判するという二つのメッセージが隠されているのである。

アヴィニョンの娘たちは何がすごいのか

「アヴィニョンの娘たち」は何がすごいのか。最後に、これまで述べてきたことを踏まえてこの作品のすごさを三つにまとめよう。

一つ目は、キュビズムのオリジンとなった作品であるという点である。先述の通り、ピカソは「アヴィニョンの娘たち」にて初めて“多視点による対象の分解”を導入した。芸術において最も革新的な芸術運動の一つであるキュビズムの始まりとなったこの作品は、間違いなく偉大な芸術作品であるといえる。

二つ目は、この作品が過去と未来の双方に向かっている点だ。この作品は、原始を追求するプリミティヴィズムの要素を持ちながらも、一方で新たな絵画表現への扉を開いた革新的な作品でもある。過去と未来の双方にベクトルを向けている「アヴィニョンの娘たち」は、ピカソの生み出した作品の中でも最も先進的であるといえる。

そして三つ目は、社会的メッセージ性である。この作品で描かれた裸の女性は、原始社会への回帰の意思を示すと同時に売春に対する批判も表しており、二重の社会的メッセージ性を持った作品となっている。

20世紀の近代芸術を代表し、以後の芸術に多大な影響を与えた画家パブロ・ピカソの“転機”となった作品である「アヴィニョンの娘たち」。この作品が世界中で高く評価されているのには理由があった。

参考文献:Wikipedia「Les Demoiselles d'Avignon」

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